「周縁化」「不可視化」を克服し、
差別や偏見のない多文化共生社会の実現をめざす
――人種主義・人種差別に関する国連特別報告者による日本公式訪問報告書の国連提出を受けて――
国連人権委員会が任命した「現代的形態の人種主義、人種差別、外国人嫌悪および関連する不寛容に関する特別報告者」であるドゥドゥ・ディエンさん(セネガル出身)による初の日本公式訪問(2005年7月3日~11日)を受けた報告書が国連に提出されました。民族差別や部落差別などを含む人種差別・人種主義・外国人嫌悪などの根絶は、南アフリカで2001年に開催された「反人種主義・差別撤廃世界会議」などを通じて確認されてきた、21世紀における国際社会の重要課題です。報告書提出は、そうした潮流を受け、日本社会が自らを再確認し、問題の解決に向けて具体的行動を取れるかどうかを問う試金石となります。
◆報告書の概要――「日本には人種差別と外国人嫌悪が確かに存在する」
報告書は、「日本には人種差別と外国人嫌悪が確かに存在する」と明言し、その影響を受けている主な集団として、①ナショナル・マイノリティ(被差別部落出身者、アイヌ民族、沖縄の人びと)、②朝鮮半島・中国など日本の旧植民地出身者とその子孫、③その他のアジア諸国および世界各地からやってきた外国人・移住労働者、を取り上げています。そして日本政府に対し、人種差別の存在を公式に認め、それを撤廃する政治的意思を表明することや、差別を禁止する法律の制定や問題に対処するための国内機関の設置、歴史教科書の見直しなど24項目にわたる包括的な勧告を提示しています。
◆報告書の総合的評価――「周縁化」「不可視化」を克服し多文化共生社会への一歩を
報告書は、日本における人種主義・人種差別・外国人嫌悪の問題を、法的側面にとどまらず、社会的・歴史的文脈にまで踏み込んで包括的に捉えた、初めての国連文書であると私たちは認識し、その公表を歓迎します。
その詳細において理解が十分でない部分や誤解に基づくと思われる点はあるものの、報告書は概括的に、日本社会には「見えなくされてきた人びと」「存在をきちんと知らされてこなかった人びと」が確かに存在し、そのことを社会的・歴史的背景を含めて認識し、適切な方策を講じることなしに、多文化共生社会の構築は不可能であると主張しており、その点にこそ大きな価値があると考えます。そのことはたとえば、勧告の第1項目の次のような記述にも象徴されています。すなわち、日本政府が「日本社会に人種差別および外国人嫌悪が存在すること」や「人種差別・外国人嫌悪の歴史的および文化的根本原因」を正式にかつ公的に認め、「これと闘う政治的意思を明確かつ強い言葉で表明」することを、「被差別集団それぞれの実態調査」を通じて行なうべきであり、それが「差別や外国人嫌悪と闘う政治的条件を作り出すだけでなく、日本社会における多文化主義の複雑な、しかし深遠なプロセスの発展を促進することになる」と述べられているのです。
国民国家の形成と植民地主義、そして近年における新自由主義的グローバル化と「反テロ戦争」は、被差別部落出身者やアイヌ民族、沖縄の人びと、朝鮮半島・中国など日本の旧植民地出身者とその子孫、その他のアジア諸国および世界各地からやってきた外国人・移住労働者をますます周縁化し、厳しい差別にさらし、歴史から葬り、固有の文化を奪ってきました。このように社会的に不可視な存在にされたマイノリティは、マジョリティと分断され、国家が治安管理や権力維持のために、その分断状態を利用してきたのです。
私たちは、日本公式訪問を締めくくる記者会見で、ディエン特別報告者が述べた「報告書はゴールではない。それをきっかけにして日本が多文化主義に向かうよう支援したい。それが究極の目的である」とのコメントを深く銘記します。そして、報告書の国連提出を契機として、日本政府を含むあらゆる主体が「異なる他者」の存在を再認識し、それらの人びとが直面する現状と、その背景にある社会、経済、政治的構造ならびに歴史や固有の文化について理解を深めることを期待します。
◆日本の政策責任主体へ――勧告の履行とマイノリティ当事者との対話を求める
上記の認識を踏まえて私たちは、日本の政策責任主体―政府ならびに自治体、立法府、司法府―に対し、報告書の包括的な意義と勧告事項、その背景について理解を深め、それぞれの責務において個々の勧告を実現するためにあらゆる措置をとることを求めます。同時に私たちは、そのあらゆる過程においてマイノリティ集団との協議を確実にし、もって人種差別の存在の公式な認定を行動で示すことが重要だと認識します。勧告されている事項はどれも、周縁化・不可視化され差別されてきたマイノリティ当事者の視点を正確に反映しつつ、日本社会を問い直すことなしには実現不可能でしょう。私たちは、日本政府がディエン特別報告者の公式訪問を受け入れたことは評価しますが、それはマイノリティ集団との対話・協議がなされて初めて真価をともなうのだと考えます。
◆マイノリティ当事者・NGО間の連携強化を呼びかける
私たちはまた、報告書が「差別を受けている集団は、すべてのマイノリティが尊重され、居場所を見出すことのできる、真に多元的な社会を実現する手段として、相互連帯の精神で行動し、おたがいの主張を支持し合うべきである」との勧告で締めくくられていることを注視します。
昨今の情勢を考慮すれば、人種差別・人種主義・外国人嫌悪を促進・助長する政策や事件に対して明確な反対を貫く姿勢を示し、国際的な人権保障メカニズムを有効に活用し、差別の結果のみならずそれらを生み出す社会、経済、政治構造や歴史を捉えつつ、マイノリティとマイノリティ、そしてマイノリティとマジョリティがより強く結びつくことが求められています。直近の課題としては、日本政府が人種差別撤廃条約第3・4回政府報告書の作成を始めたことを受け、報告書作成から人種差別撤廃委員会による報告書審査までの一連の過程に、マイノリティ当事者団体やNGOが実質的に関与できるようにするとともに、今回のディエン報告書による勧告の履行方針が報告書に反映されるよう、ともに求めていく必要があります。
その意味において私たちは、日本のマイノリティ当事者団体・個人ならびに人種差別・人種主義・植民地主義の問題に関心を寄せる団体・個人に対し、歴史的に周縁化・不可視化されてきたマイノリティ集団の存在と歴史、現状に対する相互理解を深め問題意識を共有する広範な連携に参加するよう呼びかけます。
現在の日本社会はマイノリティに対する理解の欠如のうえに成り立っており、政府も、圧倒的な多数を占めるマジョリティに属する人びとも、差別される側の痛みを理解していません。それは多文化主義の危機と排外主義の蔓延をもたらし、その結果、民主主義は機能不全を起こしています。私たちは、このことへの理解とそれに基づく政策があって初めて、日本社会が多文化主義を実現し、排外主義と闘い、そして多数の力のみを基盤とした偽りの民主主義を克服する第一歩を踏み出すことができると信じています。
2006年3月7日
反差別国際運動日本委員会(IMADR-JC)/市民外交センター/部落解放同盟中央本部/外登法問題と取り組む全国キリスト教連絡協議会(外キ協)/日本キリスト教協議会在日外国人の人権委員会/日本友和会(JFOR)/在日韓国人問題研究所(RAIK)/日本カトリック正義と平和協議会/日本カトリック部落問題委員会/日本カトリック難民移住移動者委員会/ほか 【共同署名団体:71団体】