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外国人被災者支援プロジェクト2011年~2013年活動報告

第一部 プロジェクト第1期

期  間◆2011年9月~2012年11月
活動地域◆おもに宮城・福島県
実施団体◆仙台キリスト教連合被災支援ネットワーク(東北ヘルプ)
     外国人住民基本法の制定を求める全国キリスト教連絡協議会(外キ協)
     NPO法人 笑顔のお手伝い(NPO笑顔)
活動目標◆(1)外国人被災者の実態調査
     (2)外国人被災者の自立支援
     (3)情報共有とネットワーク

 

1.プロジェクトがめざしたもの

(1)3・11

 2011年3月11日、南北500キロの広域を襲った地震と津波、そして福島第一原発の崩壊事故によって、死者15,884人、行方不明者2,633人、震災関連死2,973人以上、避難者267,419人に上る(2014年3月現在)。さらに、今なお収束しない原発事故によって、被災者に対する支援は途方もなく困難で、複雑なものになってしまった。
 3・11東日本大震災は、日本人と同様に、日本に住む外国人210万人にも甚大な被害を与えた。とりわけ、災害救助法が適用された149市・町・村に住む外国人、75,281人に対しては、安否確認をはじめ、その窮状の全容を把握できないまま、私たちは救援活動を始めなければならなかった。

(2)「プロジェクト」前史

○2011年3月11日、東日本の沿岸部を地震と津波、そして原発崩壊事故が襲う。日本・在日キリスト教会の各教派・団体は、ただちに被災者・被災教会への支援に向かう。その中で、1987年に結成され外国人の人権獲得を「教会の宣教課題」として取り組んできた「外キ協」は、外国人被災者の安否確認と支援活動の情報収集に取り組む。
○3月18日、これまで仙台圏を中心に、カトリックとプロテスタントのキリスト教諸教会で合同新年礼拝などを開催してきた「仙台キリスト教連合」は、被災者と被災教会に対する支援を行なっていくために、「仙台キリスト教連合被災支援ネットワーク(東北ヘルプ)」を結成。
○5月26日、外国人人権法連絡会と外キ協は、関東圏の教会関係機関・国際関係機関・市民団体に呼びかけて、「外国人被災者支援」情報交換会を東京で開催。
○7月25~26日、外キ協は、「韓国基督教教会協議会(韓国NCC)正義と平和委員会」「韓国教会在日同胞人権宣教協議会」「韓国カトリック司教協議会正義と平和委員会」と共同で、「東日本大震災と外国人――日・韓・在日教会の宣教課題」と題して、第15回国際シンポジウムを東京で開催。
○7月27~28日、外キ協は、国際シンポジウムに参加した韓国教会の代表団8人と共に、地元の東北ヘルプとNPO笑顔のコーディネートで、被災地や宮城県国際交流協会などを訪問し、外国人被災者に対する支援方策について意見交換。
○9月8日、東北ヘルプ、NPO笑顔、外キ協、NCC-JEDRO(日本キリスト教協議会エキュメニカル震災対策室)の実務者による「外国人被災者支援プロジェクト」準備会を仙台で開催し、プロジェクトの基本方針と要項を作成。
○9月27日、プロジェクト第1回共同運営委員会を開く(東北ヘルプ)。第1期の基本計画と運営方針を定める。

(3)「プロジェクト」開始

 私たちは2011年9月、「外国人被災者支援プロジェクト」を立ち上げ、2012年4月には海外のキリスト教会からの支援で仙台に「外国人被災者支援センター」を設置した。
しかし、外国人被災者を支援する活動は困難を極めた。それは、被災地域があまりにも広大であり、また外国人被災者が都市部に集中する一方、A村に 1人、B町に5人、C市に10人……というように、点在していたからである。しかも、岩手・宮城・福島県の被災地において、技能実習生を除く外国人の多くは、日本人と結婚している中国人女性、韓国人女性、フィリピン人女性など移住女性であり、彼女たちは地域社会において周縁化され、不可視の存在とされてきたからである。
 

2.調査活動

 私たちはまず、「知る」ことから始めざるを得なかった。被災地に暮らす外国人住民たちが抱える困難とは、いったい何なのか? その問題を正確に知るために、私たちは次の方法で調査を始めた。

(1)人づての聞き取り調査

日本に住む外国人は、その出身国(民族)別に大小のコミュニティを形成して暮らしている。支援センターは中国語・韓国語・タガログ語・タイ語・英語に対応できる調査員を配置し、それぞれのコミュニティをつたっての調査活動を始めた。また、電話相談口を設置して、チラシを関係各所に配布し、外国人被災者からの連絡を待った。

(2)仮設住宅の訪問調査

 被災地における外国人の分布は、思った以上に万遍なく、広大であった。そこで、調査員をまず宮城県の南三陸町や石巻市に連日派遣し、仮設住宅を回りながら調査活動を続けた。調査活動にあたり、調査チームは、全国の教会やアジア学院などから寄せられたお米を「希望の米」として、訪問した仮設住宅に届けることを並行して実施した。南三陸町ではNPO笑顔が仮設住宅60カ所すべてを回り、全戸数分のお米を届けることができた。
 

3.石巻市調査

(1)アンケート調査

 震災から1年たった2012年3月26日、石巻市企画部市民協働推進課は、東北学院大学の郭基煥研究室と共同で、市内在住の20歳以上の外国籍市民426人に対して、「石巻市在住外国人の被災状況と多文化共生についてのアンケート」を郵送した(426通のうち、「転居先不明」などで26通が戻ってきたので、400通は本人に届いたことになる)。
 アンケートの1ページには、こう記されている。
  「石巻市では、石巻市在住の外国人が今回の震災を乗り越え、この地で持続的に安心して暮らすことができ、また地域の日本人住民と共に、互いに信頼し尊重しあいながら暮らしていける生活環境を整え、外国人に開かれた社会を形成するために、大震災の教訓を踏まえた多文化共生プランの策定を考えています。このため、外国人の震災体験、地域や家庭における人間関係の状況、多文化共生の状況などについてアンケート調査を実施することといたしました。アンケート結果はプラン作成のための貴重な資料となります」
 アンケート調査票は、郭基煥(カク・キファン/社会学)と李善姫(イ・ソンヒ/人類学)が作成し、質問事項28項目、A4判16ページに及ぶ。また日本語版のほかに、英語・中国語・韓国語・タガログ語・タイ語版も作成し、外国人の第一言語に応じて日本語版と多言語版を同封した。
 4月10日、アンケート回答の集約日、最終的に92人から市役所に回答が寄せられた。
 まだ復興途上にあり、居住、就労、就学など一人ひとりの生活そのものが混乱している中で、市内在住外国人のうち「四分の一」近くの回答が寄せられたことは、被災者として、また地域社会の一員として、石巻の復興と共生社会の実現に参加したい、という外国人住民の強い思いがあったからであろう。
 私たち支援センターは早速、アンケート回答の集計作業に入り、その分析については郭基煥と李善姫を中心に始めた。

(2)面接調査

 5月30日、アンケート回答の集計を終え、今後の進め方について、石巻市・郭研究室・支援センターで協議した。アンケート回答者のうち、アンケート用紙の末尾に名前と連絡先を明記して、支援を求めてきた39人に対しては、支援センターが個別に連絡をとり、6月から市役所の会議室などで面接調査を始めた。なお、依頼者が高齢者の場合や乳幼児を抱えている場合は、自宅や仮設住宅で面接し、また依頼者の第一言語に応じて、中国語・韓国語・タガログ語・タイ語・英語通訳のスタッフあるいはボランティアが同行した。面接は、6月13日から10月21日まで4カ月を要した。

(3)調査報告書

 このようにして石巻市調査はアンケート調査から面接調査を終えるまで約半年間かかったが、被災した自治体としては、初めての外国人被災者実態調査となった。
 11月23日、石巻市において、≪石巻市「外国人市民の実態調査」報告会――みんなで語ろう「石巻復興と多文化共生」≫を開き、さまざまな国籍の外国人住民をはじめ40人が集まり、これからの夢を語り合った。
 12月28日、『石巻市「外国人被災者」調査報告書』(56ページ)を発行した。内容は、佐藤信行「調査結果の概要」/「アンケート集計結果」/郭基煥「被災地における多文化共生の未来と課題」/李善姫「石巻外国人面接調査からの課題」/資料:アンケート調査票(日本語版)――である。
 

4.自立支援プログラム

 一般の被災者支援と同じく、外国人被災者に対する支援も、本人たちの生活が自立を成し遂げるまでの過程を「寄り添う」ことを、私たちの最終目標とした。調査活動と外国人被災者たちとの出会いの中から見えてきた彼ら彼女らのニーズに対応して、いくつかの方法で支援を進めた。

(1)個別支援

 調査活動と並行して、電話での相談活動だけではなく、市役所やハローワーク、税務署、入管局への同行支援、親を喪った子ども(外国にルーツを持つ子ども)に対する就学支援など、さまざまな緊急支援を行なった。

(2)日本語サポート教室

 東北に定住する外国人たちの中で大きな比重を占めるのは、1990年代以降、嫁不足の農村・漁村に国際結婚で定住した移住女性たちである。彼女らとの出会いの中で見えてきた一つの大きな課題は、日本語習得の不十分さによる「コミュニケーション障害」である。震災前からあったこの問題は、被災による家族、財産、生活手段の喪失という出来事を経て、彼女たちの立場をますます困難にしている。
 彼女たちのコミュニケーション力を養い、震災後の生活環境への対応と就労活動をサポートするため、移住女性を対象とした日本語サポート教室を開始した。
◆古川日本語教室
 2012年3月25日、大崎市古川地区で「日本語教室」を開設。生徒は韓国人移住女性で、講師は仙台にある日本語学校に委託し、毎週火曜・金曜日、全16回実施した。
◆南三陸「ケセン語<日本語>教室」
 2012年5月2日、南三陸町の沼田仮設内リッチに開設した。講師と講師補助はフィリピン人、生徒もフィリピン人。前期は5月2日~7月4日の全12回、後期は8月23日~12月8日の全15回実施した。前期の生徒は一人、後期の生徒はのべ49人となる。
◆石巻日本語教室
 2012年6月20日、石巻市日中友好協会との共同プログラムとして「みんなで学ぼうスキルアップ講座 3+1」を開始した。会場は石巻市向陽地区コミュニティセンター。講師は3人(日本・中国・台湾)で、月3回は日本語、残り1回は日本の文化や生活習慣・社会制度についての授業。前期は6月20日~9月26日の全14回で、生徒はのべ100人(中国・韓国・インドネシア)。後期は10月3日~12月16日の全15回で、生徒はのべ97人(中国・韓国・インドネシア)となった。
◆仙台多言語教室
 2012年10月21日、東北学院大学サテライトステーションを会場に、「英語&タガログ語&日本語同時学習コース」を開設した。講師はフィリピン人2人、サポーターは東北学院大学の学生。生徒はフィリピンにルーツを持つ子ども(5歳、8歳、10歳、11歳)とその母親。子どもにタガログ語と英語を教えると共に、付き添いのお母さんたちには学生ボランティアがマンツーマンで日本語を教える。月3回、開催した。
◆名取日本語教室への支援
 名取市でNPO「ともだちin名取」が仮設の公民館で実施している日本語教室を支援。

(3)福島フィリピン人女性の自立支援

 福島第一原子力発電所の崩壊事故による放射能汚染は、外国人定住者たちの健康と生活基盤に深刻な影響を及ぼし続けている。そのような中で、不安とたたかいながら、さまざまな理由から福島で生きていくことを決意したフィリピン人女性たちのグループがある。「ハワク・カマイ(HAWAK KAMAY FUKUSHIMA=手をつなごう福島)」と名づけられたこのグループは、震災直後2011年4月、生活基盤の樹立と強固なコミュニティ作りをめざして自助組織を設立した。そして2012年5月、英会話教室&プリスクールを始めた。私たちは彼女たちの活動を支援した。
 

5.情報共有とネットワーク

 被災地で外国人の支援を行なっているのは、私たちのプロジェクトだけではない。各自治体の国際交流協会や日本語教室、各宗教団体、NGO・NPOによる支援プロジェクトなど、さまざまな立場の人びとがさまざまな方法で、被災地の外国人たちをサポートしている。
 これらの活動を分かち合い、協力・連携していくネットワークを築くために、私たちはシンポジウムを開催し、また移住女性を中心とするフェスティバルも開催した。このような対話と交流の場を通じて、外国人被災者支援の課題と目標が確認され、分かち合われた。

(1)第1回シンポジウム

 2011年11月8日、外国人被災者支援に取り組む教会関係団体・市民団体に呼びかけて、「外国人被災者は今――私たちの課題」をテーマに、日本基督教団東北教区センター・エマオ(仙台)で開催。兵庫、大阪、東京、宮城、岩手などから教会・市民団体の実務者たち40人が参加。
 第一部では、大村昌枝さん(宮城県国際交流協会)、池住圭さん(日本聖公会東日本大震災被災者支援いっしょに歩こう!プロジェクト)、飛田雄一さん(NGO神戸外国人救援ネット)、大曲由起子さん(移住労働者と連帯する全国ネットワーク)、千葉義信さん(NPO笑顔のお手伝い)の5人から報告してもらい、第二部では今後の課題について、報告者と参加者で討論した。

(2)第2回シンポジウム

 2012年4月21日、「東日本大震災から1年――外国人被災者の現住所」を主題に、シンポジウムを東北学院大学で開催。学生を中心に260人参加。第一部「外国人被災者の現住所」では、3人の研究者が報告。吉富志津代さん(大阪大学グローバルコラボレーションセンター)「被災者がだれも排除されないために」/松岡洋子さん(岩手大学国際交流センター)「『差異』を認める社会を支える言語教育の可能性」/李善姫さん(東北大学国際高等研究教育機構)「東日本大震災における媒介力と外国人女性のエンパワーメント」。第二部「外国人支援のこれからの課題」では、鈴木江理子さん(国士舘大学)をコーディネーターとして、大村昌枝さん(宮城県国際化協会)/菊池哲佳さん(仙台国際交流協会)/西上紀江子さん(国際ボランティアセンター山形)/郭基煥さん(東北学院大学)がそれぞれ報告し、全体で討論した。

(3)フェスティバル

 2012年7月8日、ハワク・カマイ主催の「福島移住女性フェスティバル」が開かれる。県内のフィリピン人女性とその家族250人が参加。
 10月14日、「せんだい移住者・子どもフェスティバル」を開催。フィリピン人・韓国人・中国人移住女性とその子どもたちなど、150人が参加。第一部のシンポジウムでは、継承語(母語)教育に取り組んでいる中国人グループと韓国人グループが報告。
 

第二部 プロジェクト第2期

期  間◆2012年12月~2013年11月
活動地域◆おもに宮城・福島県
実施団体◆NPO法人 笑顔のお手伝い(NPO笑顔)
     外国人住民基本法の制定を求める全国キリスト教連絡協議会(外キ協)
     東北学院大学 郭基煥研究室
活動目標◆(1)外国人被災者の実態調査
     (2)外国人被災者の自立支援
     (3)外国人被災者と支援団体のネットワーク

 

1.気仙沼市調査

(1)アンケート調査

 2013年3月から、気仙沼市で外国人被災者に対するアンケート調査を実施した。アンケート内容は、郭基煥(社会学/東北学院大学)と李善姫(文化人類学/東北大学)、土田久美子(社会学/東北大学)が作成。質問事項32項目、20ページに及ぶ調査票となる。
 3月5日、気仙沼市企画部まちづくり推進課が、住民台帳に基づいて市内の20歳以上の外国人全員249人にアンケートを郵送した。その際、日本語版の他に、外国人の第一言語に応じて、中国語・韓国語・タガログ語・英語版も同封。
3月末、85人の外国人から回答が送られてきた(中国46、韓国6、フィリピン24、アメリカ2、南アフリカ1、国籍不明6)。回収率は34%。

(2)面接調査

 アンケート回答の最終ページに、私たち外国人被災者支援センターに支援を求めて名前と連絡先を明記した外国人39人に対して、5月から公民館などで面接調査を開始した。その際、依頼者の第一言語に応じて通訳を同行して聞き取りを行なった。中国語の通訳は支援センターの裘哲一(キュウ・ザァイ)と楊佩琦(ヤン・ペイチ)、韓国語は李善姫、英語は土田久美子があたり、タガログ語の通訳は仙台のフィリピン・コミュニティ・ミヤギのメンバーに同行してもらった。
 私たち支援センターに支援を求めてきた外国人のうち17人と私たちは面接することができ、この他の外国人とは電話などで聞き取りをした。
 これらの調査から分かることは、移住女性の多くは、配偶者(日本人の夫)が15歳ほど年上であるため、彼女たちが働いて生計を維持せざるをえない状況にあること、しかも震災から2年後、瓦礫処理などの仕事や、再開した水産加工場での仕事に就いたものの、半数以上(55%)が非正規雇用であること、さらに、震災で失職した日本人夫のDVなど、深刻な事例も続いている。

(3)気仙沼市報告書

 その調査結果の詳細な報告と分析を2013年11月、『気仙沼市「外国人被災者」調査報告書』(56ページ)としてまとめた。内容は、土田久美子「調査結果の概要」/「アンケート集計結果」/「面接依頼者の相談・要望リスト」/千葉義信・長野高士・楊佩琦「面接・相談活動の中で」/李善姫「移住女性のコミュニティ関係とモビリティ」/郭基煥「無関心であることができるのは誰か」/資料:アンケート調査票(日本語版)――である。
 石巻市調査と気仙沼市調査は、被災した自治体としては全国初めての外国人被災者実態調査であり、画期的な意義をもつ。石巻報告書と気仙沼報告書をそれぞれ500部発行し、各自治体、政府関係省庁、研究者、市民団体、教会関係機関に送付した。
両報告書は、外国人被災者が直面している困難な状況と課題を、詳細に具体的に明らかにした。したがって報告書は、震災復興計画の中に多文化共生の課題を組み入れることの重要性を提起すると共に、外国人被災者の就労や就学に対する支援など、より適切な支援方法を示すものとなるであろう。
 なお、気仙沼市でのアンケートの翻訳・印刷・送付・集計、および面接調査などに係るいっさいの費用は、石巻市調査と同様、私たち外国人被災者支援センターが負担した。
 

2.就労・自立支援プログラム

 石巻市調査と気仙沼市調査では、外国人被災者、とくに移住女性たちが「日本語学習の場」を求めている(石巻73%、気仙沼84%)。また「就労のための学習の場」を求める声も、切実である(石巻74%、気仙沼75%)。

(1)南三陸教室と石巻教室

 南三陸町と石巻市において、2012年から始めた日本語教室を継続すると共に、就労支援の一環としてパソコン教室を実施した。
 南三陸町の日本語教室では、2012年12月から2013年11月までの1年間で全36回、講師1人(フィリピン)、講師補助1人(フィリピン)、生徒はのべ172人(フィリピン)となる。講師と講師補助をフィリピン人女性にお願いしたのは、就労支援の一環でもある。またパソコン教室は、全13回、生徒はのべ83人となる。パソコン教室の講師2人(日本)は、石巻のNPO「パソコンママネット」が務めてくれた。
 石巻市の日本語教室は全33回、講師は3人(日本・中国・台湾)、生徒はのべ189人(中国・韓国・フィリピン・インドネシア)となる。またパソコン教室は全23回、講師は2人(日本)、生徒はのべ204人(中国・韓国・フィリピン・インドネシア)。その他に「文化教室」が全5回で、生徒はのべ43人となる。

(2)気仙沼教室

 気仙沼市のパソコン教室は、市の要望で2013年10月から始められ、月2回、講師は4人(日本・中国)、生徒は10人(中国・フィリピン)前後となっている。

(3)仙台教室

 2012年から始めた仙台市の多言語教室は、東北学院大学サテライトステーションを借りて継続した。フィリピンにルーツを持つ子ども(父親が日本人、母親がフィリピン人)を対象とし、4~6歳/7~10歳の2クラスに分けて、「継承語」であるタガログ語と英語を教えると共に、付き添いの母親(フィリピン人)を対象に、学生ボランティアがマンツーマンで日本語を教えた。全8回、講師は2人(フィリピン)、生徒は各回3~4人(5歳、8歳、10歳、11歳)、学生ボランティアはのべ24人となった。なお、第1期(2012年10月~2013年1月)を終えたが、第2期を継続することは困難であった。

(4)名取教室への支援

 行政からの援助もなくボランティアだけで運営されている「ともだちin名取」の日本語教室に対して、部屋代やプログラム費用を支援。

(5)日本語試験へのサポート

 南三陸・石巻日本語教室の生徒のうち8人、福島・白河日本語サロンの生徒のうち15人が日本語能力試験を受験(2013年12月)。その受験のサポートをした。

(6)ホームヘルパー2級取得

 南三陸町と石巻市の移住女性に対する就労支援として、ホームヘルパー2級を取得するための日本語特訓教室を実施した。会場は石巻市向陽地区コミュニティセンターで、2012年12月19日から2013年4月24日まで全22回実施した。講師1人(日本)、講師補助1人(日本)、生徒は移住女性6人(中国1、フィリピン4、インドネシア1)である。そして6月、「日本聖公会いっしょに歩こうプロジェクト」の支援のもと、6人が資格を取得した。

(7)デイハウス

 南三陸・石巻でホームヘルパー2級資格を取得した移住女性の研修プログラムとして、「ときどきデイハウス」を南三陸町、石巻市、仙台市で全7回実施した。外国人ヘルパーはのべ55人、彼女たちを指導する日本人ヘルパーはのべ35人、ケアを受けた仮設住宅の高齢者はのべ136人となる。

(8)福島サロンと白河サロン

 2013年2月から福島県福島市で、5月から白河市で日本語サロンを開設した。福島市の会場は、福島駅の近くに設置された日本YWCAの活動スペース「カーロふくしま」を使用し、生徒は市内のフィリピン人。日本語サポーターは、京都YWCAの日本語教師を中心に、仙台や福島のボランティアが交替で務めた。白河市の日本語サロンは、生徒は市内のフィリピン人、日本語サポーターは市内のキリスト者・市民が務める。
 福島市の日本語サロンは、2013年2月から11月まで全30回、生徒はのべ81人、日本語サポーターはのべ82人となる。白河市の日本語サロンは、2013年5月から11月まで全14回、生徒はのべ114人、日本語サポーターはのべ60人。
8月23日、福島・白河の日本語サポーターの合同研修会を開催した。神奈川県川崎市ふれあい館の原千代子さんが川崎市での在日コリアン高齢者の識字教室と移住者に対する日本語教室での豊富な経験を話してくれた。そのあと、福島と白河の日本語サロンの生徒たちとその子どもたちによるサマー・パーティをもった。

(9)ハワク・カマイへの支援

 福島市のフィリピン人移住女性の自助組織「ハワク・カマイ・ふくしま」が2012年5月から始めた英会話教室・プリスクールの運営支援を継続したが、フィリピン・コミュニティの力だけで運営しようとしたため、教室経営の経験不足などから、2013年6月、教室を閉めざるをえなかった。

(10)面接調査と個別支援

 私たちは2011年9月から、それぞれのネットワークをつたって調査活動を始めた。2012年6月からは石巻市在住の外国人被災者の面接調査、2013年5月から気仙沼市での面接調査を始めた。
私たちがこれまでの調査活動の中で出会った外国人被災者を、仮設住宅や自宅に定期的に訪ね、支援物資を渡すと共に、助言と同行支援を続けた。
 面接調査時や、電話での相談、南三陸・石巻・福島・白河の日本語教室での個別相談など、これらの相談活動の中で、外国人からの依頼内容において即応できるものについては、弁護士との協議、関係機関への同行支援、入管局への在留更新・在留資格変更申請などの同行支援を行なった。
 この1年間、のべ26人(移住女性・留学生)に対して面接・助言活動をした。プラス気仙沼での面接17人(移住女性、在日韓国人)となる。
 市役所や県庁、入管局、職業安定所、就職面接、労働監督署、社会保険事務所、地方法務局、銀行、金融機構、自動車運転免許センターなどへの同行支援は、のべ20人(移住女性、留学生)となる。
また追加面接と支援物資の配布は、のべ87人(移住女性、在日韓国人、在日中国人)となる。

(11)就学支援

 2013年7月、NCC教育部が全国の教会学校・キリスト教学校に呼びかけた「平和のきずな献金」の一部を、震災で父親を喪った外国にルーツをもつ子どもたち6人に、就学支援金として贈った。
 

3.外国人被災者と支援団体のネットワーク

(1)セミナー/コンサート

 2013年4月14日、福島移住女性支援ネットワークの主催で「ふくしま移動サロン」を白河市で開催し、改定入管法の学習会のあと、市内の移住女性たちと交流会をもった。その中で、移住女性たちから「白河サロン」を作ってほしいとの要望が出される。
6月9日、振津かつみさん(兵庫医科大学)を招いて、「福島で生活する外国人のための特別セミナー」を福島市で開催した。
また8月20日、仙台市で在日コリアン二世・李政美(イ・ジョンミ)さんのコンサート「多文化共生を歌う」を開催し、約100人が参加した。

(2)東北シンポジウム

 10月5日、シンポジウム「被災地から多文化共生を考える」を東北大学で開催し、東北各地および全国各地から80人が参加した。
 第一部では「移住女性と子ども――トランスナショナル・ファミリーの現状と課題」というテーマで4人の研究者、土田久美子さん(東北大学)、鄭暎惠さん(大妻女子大学)、小島祥美さん(愛知淑徳大学)、李善姫さん(東北大学)が報告した。第二部では「被災地の移住者の現状から考える多民族・多文化共生の課題」というテーマで、小野寺正幸さん(多文化ファミリー登米)、小野美恵子さん(松島日本語教室主宰)、田所希衣子さん(外国人の子どもサポートの会)、西上紀江子さん(国際ボランティアセンター山形IVY)、宋貞熹さん(韓国語継承語教室「チングドゥル」)、傅小京さん(中国語継承語教室「瀛華中文学校」)が報告した。そのあと、今後の課題について全体で討論。

(3)移住者フォーラム

 11月30日、「とうほく移住者フォーラム:2013」を東北学院大学で開催した。主催は外国人被災者支援センター、共催は東北学院大学地域共生機構、後援は在日大韓基督教会/日本キリスト教会、賛同は日本カトリック中央協議会/日本カトリック難民移住移動者委員会/日本キリスト教協議会在日外国人の人権委員会/日本聖公会/在日本韓国YMCA/関東外キ連/北海道外キ連/移住労働者と連帯する全国ネットワーク/神戸学生青年センター/反差別国際運動日本委員会となり、これまで連携してきた諸団体が結集した。会場には、被災地の移住者グループをはじめ80人が参加。
 郭基煥さんの基調報告「東日本大震災と外国人・日本人住民間の関係――語り継がれるべきものは何か、変えられるべきものは何か」のあと、城坂愛さん(福島県須賀川市/つばさ日中ハーフ支援会)、後藤キャサリンさん(福島県福島市/ハワク・カマイ福島)、Marife Sugawaraさん(岩手県大船渡・陸前高田市/PAG-ASA)、佐々木アメリアさん(宮城県南三陸町/サンパギータF.L多文化協会)、馬嘉利さん(福島県/会津若松市国際交流協会)が、それぞれの活動と直面している困難な課題について報告し、全体で討論した。最後に、「フォーラム:2013年」宣言を採択。基調報告と宣言は、これまで2年以上にわたって活動をしてきたものを集大成したものでもある。

(4)被災地でのネットワーク

 いま被災地に住む外国人住民は、2013年3月末現在、岩手県5,171人(男性1,558人/女性3,613人)、宮城県13,803人(男性5,763人/女性8,040人)、福島県9,117人(男性2,848人/女性6,269人)となっていて、女性の数が男性数を大きく上回っている。しかも、その移住女性と在日コリアン高齢者の多くが、被災3県の農村・漁村に広く点在している。したがって、私たちが彼女ら彼らと出会い協働していくことは、容易ではない。
 しかし、10月の東北シンポジウムと11月の移住者フォーラムを開催したことは、そこに参加した各地の移住者グループ、彼女らを支援する各地の市民グループを通して、「外国人被災者支援活動」と「移住者の自助組織」の存在とその意義を、移住女性たちだけではなく、日本社会に広く伝える契機となった。
 

4.情報発信

 一方、時間の経過と共に日本社会の関心も薄れ、孤立していく被災地という現実がある。さらに福島県においては、収束しない原発崩壊事故によって、地域社会も、家族も分断されている。
 このような被災地の現状、外国人被災者の思いと願いを広く伝えるために、『外国人被災者支援センター ニュース』を3月から毎月発行した(300部発行)。またホームページに、最新情報を掲載していった。
 

5.第2期終了と第3期へ

(1)担い、支えてくれた人びと

 南三陸と石巻の日本語教室・パソコン教室・ホームヘルパー2級取得日本語特訓教室・デイハウスのプログラムの企画と運営、宮城県内の同行支援などはおもにNPO笑顔(千葉義信・長野高士)が、福島と白河の日本語サロンなどの企画・運営は福島移住女性支援ネットワーク(前田圭子・山本知恵・土田久美子)が担った。また10月シンポジウムの企画と運営は李善姫が担った。
このようにプロジェクト第2期は、NPO笑顔/福島ネット/研究者グループ(郭基煥・李善姫・土田久美子)/支援センターのスタッフ(裘哲一・楊佩琦)/外キ協からの派遣委員(佐藤信行・中家盾・許伯基)が、それぞれ仕事を担った。また各プログラムの実施にあたっては、多くのボランティアが参加してくれた。
 そして、これらの活動は、海外のキリスト教会と日本・在日教会、キリスト教学校、日本・在日の市民からの多額の献金によって支えられた。心から感謝したい。
 

(2)プロジェクト第3期へ

 2013年11月、私たちはプロジェクト第2期を終了するにあたって、次のことを確認した。「外国人被災者支援センター」を閉じるが、南三陸町・石巻市・気仙沼市など宮城県内のプログラムはNPO笑顔が、福島市・白河市など福島県内のプログラムは、福島移住女性支援ネットワークと外キ協が、継続して担っていく。
 今後の外国人被災者支援活動においては、短期的な緊急支援から中長期的支援へと移行していく必要があり、そのためには「移住者の自助組織」と、それを支え協働する「自治体および地域社会における教会・NPO、そして弁護士・研究者のネットワーク」が求められている。
 また、外国人被災者の多く(石巻調査では75%、気仙沼調査では95%)が、「避難生活を通して、地域の人たちへの連帯感や一体感が増した」と回答している。いま必要としているものについては、80%近くの外国人が「日本人との交流の場」を挙げている。この調査結果から、震災以降、外国人住民の地域社会への連帯感と地域社会参画への希求を読み取ることができる。
このような外国人住民の思いと願いを、地域社会と日本社会が受け止めて、外国人住民が地域社会の復興に参画する回路を作ることが、第3期プロジェクトの目標の一つともなる。