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<報告>「多文化・多民族共生」青年の旅・2010 

2010年7月30日から8月7日まで、外キ協主催の第3回「多文化・多民族共生キリスト者青年現場研修プログラム」が実施された。

◇「青年の旅」は、日・韓・在日教会の合同プログラムとして、2008年から5年計画で始められたものである。

◇韓国強制併合100年という節目の年に開催された今回の「青年の旅」は、各地外キ連・各教派団体から集まった参加者7名とスタッフ2名が北九州―韓国をまわった。

 

1日目(7月30日)

◆北九州に集合

●集合

 小倉駅南口のデッキに参加者9名が集合。バスに乗って西南KCCへ。到着とともに自己紹介とオリエンテーション。

●開会礼拝

 続けて行なわれた開会礼拝では、九州・山口外キ連メンバーで日本基督教団小倉日明教会牧師の川本良明さんが、出エジプト記3章7〜10節を主題聖句としてメッセージを語ってくださった。日本の教会が戦前・戦後も変わらず生き延びたのは天皇制があるからで、今の日本の状況に出エジプトの出来事が起こらなければならない、そのためにも韓国のキリスト教会が学びになると、旅に鋭い視点を持っていくことの重要性を話された。出エジプトの内容のほか、倭乱(ウェラン=文禄慶長の役)にも触れて、私たちが過去を振り返る時、そこにイエスが居なければ空しい、過去を振り返ることで、現代とこれからを見通すことができると、歴史に学ぶ重要性を説いてくださった。モーセがファラオを相手にしたように、私たちも天皇制を相手にしなければならないと締めくくられた川本牧師の言葉は、天皇制を十分に問うことができていない現在のキリスト教への鋭い問題提起であった。

●九州・山口外キ連との交流

 九州・山口外キ連、西南KCCの皆さんが用意してくださったたくさんの美味しい食事を囲みながら交流の時間を持った。簡単に自己紹介をした後、九州・山口外キ連の活動をうかがった。毎月4〜8名で集まり、奨励、取り組みについての情報交換、そして年間何回か集会を行なっておられるとのことであった。

●わかちあい

 就寝前に、皆で1日のプログラムを振り返る時間をもった。このわかちあいの時間は毎晩もたれた。

 

2日目(7月31日)

◆筑豊

 

●福吉伝道所

 西南KCCを出発し、まず日本基督教団福吉伝道所を訪問。犬養牧師より筑豊地域での活動に関する話をうかがった。その中で「よきサマリヤ人の譬え」を引用し、「隣人となる以前にまず自分たち日本人が、この譬えに出てきた『追いはぎ』であることを自覚しなければならない」ということを話され、参加者がこれから現場に向かうということの意味をもう一度考えさせられた。

●筑豊炭坑地域

 福吉伝道所を出発した後、筑豊炭坑跡の現場をいくつか訪問した。最初に訪れたのは、法光寺朝鮮人殉難碑「寂光」であった。その碑には、「この筑豊に於いても石炭発掘の労働力として約15万人の朝鮮人が強制的に連行されてきました」と刻まれているが、この問題の核心は「数字」ではない、と犬養牧師は話された。

 その後、炭坑住宅跡を経由して、田川市石炭歴史博物館と、その敷地内にひっそりと佇む韓国人徴用犠牲者慰霊碑を訪れた。

●日向墓地

 草むらを分け入って進んだその先にある日向墓地には、「いつ」「誰が」「どのようにして」亡くなったのかわからない、記録にすら残っていない死者たちが葬られている。立派な墓石の足元に転がるように放置されている石の一つ一つが墓標なのだ、と犬養牧師は説明された。霊に対して「安らかに眠って下さい」とは言えず、「暴れて下さい、そして痛みを、苦しみを聴かせて下さい」と祈らざるを得ないような死者の問題があった。

●小山田墓地〜永生園

 若松にある小山田墓地、門司の城山霊園内にある永生園を訪問した。小山田墓地は、1945年9月、日本の敗戦と解放のなかで朝鮮への帰還を急ぎながら台風によって遭難し若松の海岸に流れ着いた約80体の朝鮮人の遺体が埋葬されている。傍らには慰霊碑が立てられているが、碑の由来に元号が書かれていたことと謝罪の言葉が無いことの問題性について説明を受けた。

 続いて訪れた永生園では、在日大韓小倉教会の金貞子(キム・チョンジャ)長老から話をうかがった。永生園は小倉教会が管理をしている納骨堂である。天国へと召された信徒たちとともに、炭坑地域に強制徴用され、身寄りのないまま各所のお寺に放置されていた遺骨が納められている。

●下関港

 筑豊の現場を回った後、九州・山口外キ連の方々に見送られながらフェリーターミナルへ移動。

関釜フェリーに乗船し、一路釜山を目指し玄界灘を渡った。

 

3日目(8月1日)

◆釜山

 

●釜山市街地

 釜山港にて関釜フェリーを下船し、入国審査を受けた。主日礼拝まで時間があったため、釜山の市街地を散策。南浦洞駅近くにある「40階段」を訪れた。朝鮮戦争の際、南下してきた戦線から避難してきた避難民の生活のための階段である。

●主日礼拝

 「チョウンナム(良い木の)教会」の主日礼拝に出席し、「平和の働き人」という主題でパクチョル牧師の説教をうかがった。昼には、チョウンナム教会の信徒の方々が用意してくださった食事を共に囲んで交わりの時間をもった。食事後には、パクチョル牧師との懇談のひとときを持ち、牧師からは、ドイツと日本の戦後政策を対比させた上で「日本は戦後、歴史の清算をどれほど行なってきたのか?」という厳しい問いかけを受けた。

●近代歴史博物館

 釜山近代歴史博物館へと向かう。1876年釜山港開港、1910年韓国強制併合、45年解放へと至る歴史的な過程の中で、人的・物的収奪がいかにして為されてきたのかを、ビデオや展示に関する説明を通して学んだ。博物館の建物自体は、1929年に「東洋拓殖会社釜山支部」として建てられ、日本政府の釜山における人的・物的収奪の要石となっていた。解放後は、アメリカ軍に接収され、「アメリカ文化院」として用いられてきた。

●民主公園

 釜山民主公園へ移動し、民主抗争記念館を見学。まず1945年の解放から民主化闘争に至る歴史を紹介するビデオを見て概略を学んだ後、研究員の方から説明を受けた。説明の中で、60年4月19日「学生革命」、7910月「釜馬民主抗争」、87年「6月民主化抗争」など、民主化闘争の節目の中で民衆が立ち上がるに至った経緯を学んだ。

●祈祷文作成

 この日から、ソウルでの合同祈祷会に向けた祈祷文の作成に取りかかり始めた。作成作業は連日、深夜にまで及んだ。

 

4日目(8月2日)

◆陝川〜ソウル

 

●原爆被害者福祉会館

 釜山の宿所を6時30分に出発し、高速バスで陝川へ移動。ほぼ予定通りに原爆被害者福祉会館に到着した。まず、カン・スハン企画運営課課長から、在韓被爆者問題に関する基本的な説明と福祉会館の沿革に関する説明を受けたのち、被爆当事者であり現在福祉会館で生活しておられるオ・ブンニョンさん(1929生、16歳で学徒動員により広島へ、18歳のとき被爆)より被爆体験をうかがった。あまりに壮絶な被爆の痛みの中、朝鮮人ということで差別を受け、帰国した後も「変な病気にかかっているのでは」と差別を受けるという何重もの痛みを負いながらも、在韓被爆者協会の初代支部長となるなど、運動の先頭を走ってこられたオ・ハルモニの言葉は、参加者の心に重く響いた。

 なお、在韓被爆者福祉会館は、1990年の在韓被爆者福祉事業に関する韓・日政府間合意に基づいて為された40億円の支援により建設され、1996年8月16日に竣工。

●原爆被爆者協会

 続いて原爆被爆者協会陝川支部を訪問した。沈鎮泰(シム・ジンテ)前支部長から、在韓被爆者問題における日本政府の対応の問題点などに関して詳しい説明を受けた。在韓被爆者の問題は、被爆者が治療費を受けられないなど今現在においても未解決のまま残され続けている。「どうか歴史の証人として生きてほしい」とのシム前支部長の問いかけが印象的であった。

●「美しい村共同体」

 陝川から地下鉄とKTX(新幹線)、バスを乗り継いでソウルに移動し、スユ里「美しい村共同体」を訪ねた。「美しい村共同体」は、人間を競争へと駆り立てる資本主義社会から距離を置き、人と人が共に助け合いながら生活することができる共同体の形成を、実際に様々な共同生活を行なうことを通して考えようとするキリスト青年アカデミーの活動のひとつである。

 交流では、まず「美しい村共同体」の活動を紹介するビデオを見た後、メンバー一人ひとりから様々な思いをうかがった。私たちも、その思いを聞いて感じたことを一人ずつ述べ、分かち合いの時間を持った。

 

5日目(8月3日)

◆ナヌムの家〜合同祈祷会

 

●対案保育園と対案学校

 朝7時に起床。美しい村共同体の方が用意してくれた素敵な自然食の朝ごはんをいただいた。食後には宿所近くの美しい村共同体の「対案保育園」と「対案学校」(オルタナティブ・スクール)を見学した。公的機関に任せるのではなく、必要な教育を自分たちで実践していることに驚いた。

●ナヌムの家

 その後、韓国基督青年協議会(EYCK)のスタッフが運転する車でナヌムの家へと出発した。少し早い昼食を食べたのち、ナヌムの家に到着し、待っていたキリスト青年アカデミーの青年15名と合流。

 まず、ナヌムの家で暮らす8人のハルモニのうち、キム・ファソンハルモニとペ・チュニハルモニから話をうかがうことができた。「日本をずっと憎んでいる」と流暢な日本語で語ってくれたハルモニを前にして、参加者は言葉を詰まらせた。続いて、姜徳景(カン・ドッキョン)ハルモニの思いを紹介するビデオを鑑賞した後、研究員を務める村山一兵さんに「日本軍『慰安婦』歴史館」を案内していただいた。「慰安婦」問題の実態やその問題性を学んだが、中でも、「慰安婦」問題は女性への暴力という観点からこそその問題性が問われなければならない、という説明は鋭かった。

●キリスト者青年合同祈祷会

 ナヌムの家から、キリスト青年アカデミー、EYCKのスタッフが運転する車に分乗してソウルへ移動した。車の中では、「ナヌムの家」を訪問しての感想を、アカデミーの青年たちと分かち合った。

 大韓聖公会ソウル主教座地下聖堂を会場に「韓国併合100年―在日・韓・日キリスト者青年合同祈祷会」のときをもった。主催は外キ協、キリスト青年アカデミー、EYCKの3者。総勢約40名もの青年たちが集った祈祷会では、共に賛美を歌った後、柳時京(ユ・シギョン)ソウル聖公会聖堂補佐司祭からメッセージをいただき、在日・韓・日の青年代表者が祈祷文を読み上げた。「在日側の祈り」は金耿昊(キム・キョンホ)が、「日本側の祈り」は浅海由利恵がそれぞれ担当した。祈祷会の最後には、地図の韓国と日本の間に、出席者がそれぞれ折り紙で作った舟や折り鶴で橋を架け、韓国NCC正義と平和委員長のチョン・サンボク牧師より祝祷が捧げられた。

 

6日目(8月4日)

◆水曜デモ〜仁川

 

●西大門刑務所

 宿所であるソウル基督教百周年記念会館を出発し、西大門刑務所へと向かった。刑務所はパネル展示の他、拷問室や死刑場など、植民地支配下における刑務所の様子を再現しながら紹介しており、ガイドの方から日本語で説明を受けた。西大門刑務所の獄舎は、常に監視が行なえるよう監視室から右・中央・左と3方向に配置されている。

●水曜集会

 西大門刑務所を後にしたのち、延世大学見学と仁寺洞散策の二つのグループに分かれて行動した後、ソウル・鍾路にある日本大使館前で毎週水曜日に開催されている水曜集会に参加した。大変暑い中であったが、たくさんのハルモニと、韓国国内外から多くの参加者が集まった。様々な市民運動体が発表するパフォーマンスを見、一緒に日本大使館へと訴えの声をあげた。水曜集会は、韓国挺身隊問題対策協議会が1992年1月8日から開始し、それ以来欠かすことなく毎週水曜日に行なわれている。

●外国人労働者センター

 仁川へと移動し、仁川外国人労働者センターを訪問した。センターは1992年2月設立、移住者の人権確立を目的とし、語学やコンピューターなどに関わる教育事業や、医療・労災に関わる相談事業、フェスティバルや体育大会などの文化活動を展開している。また、外国人制度の改善闘争、未登録外国人への共済会事業(無料診察・助産など)、仁川南区が行なう外国人勤労者相談所の委託運営業務に取り組んでいる。パク・キョンソ牧師より、韓国における移住労働者問題の変遷やその問題性、またセンター運営における課題などについて鋭い話をうかがった。

●中華教会

 続いて中華基督教仁川教会を訪問した。1917年にメソジスト教会として設立され、今年で94周年を迎える教会には、韓国人と華僑の人が同数程度通っている。牧師から話をうかがった後、4名のハルモニとお話をする機会が与えられた。基本的にこちらから質問をし、それにお答えいただくという形式だったため、質問に困ってしまう場面もあったが、韓国では「華僑」であり、中国へ帰国しても「外国人」となってしまう中で生きてこられた痛みに、たとえわずかであれ触れることができた。

●プログラム評価会

 この日の晩には、プログラム全体を通して印象的だったことや、考えさせられたことなど、参加者それぞれの思いをわかちあうプログラム評価会の時間をもった。また運営面での課題に関しても、意見を出し合った。

 

7日目(8月5日)

◆ソウル〜釜山

 

●外国人勤労者宣教会

 KTXで釜山へ移動。釜山駅から釜山外国人勤労者宣教会へと向かった。

ここでは、釜山外国人勤労者宣教会のハン・ヨンハ牧師、韓国外国人宣教会釜山支部のチェ・インソク牧師、移住民文化センタースタッフのイ・ウンソンさん、キム・ジョンエさんが同席してくださった。そこではまず、釜山外国人勤労者宣教会の取り組みに関して紹介を受けた後、韓国における多文化共生の状況と、その中における課題をお聞きした。雇用許可制が設けられたことで移住労働者が労働基準法の下におかれるようになるなど、移住者をめぐる法整備に進展が見られ、また、韓国と中央・東南アジアの諸国との間に移住労働者の受け入れを定める二国間協定が次々と締結されるなど、移住労働者の受け入れ拡大が加速する一方で、李明博(イ・ミョンバク)政権下において未登録外国人の半減が打ち出されるなどの新たな深刻な問題が出てきている、と説明を受けた。同じ問題に取り組む運動体やNGOが合同の対策協議会を設け、協働の輪を作り出している宣教会の試みは、とても斬新なものだった。

●外国人宣教会

 続いて訪れた韓国外国人宣教会釜山支部では、チェ・インソク牧師から話をうかがった。釜山外国人勤労者宣教会が教会との関わりを強く持っているのに対し、韓国外国人宣教会釜山支部は労働組合との関わりを強く持っている、そのことをチェ牧師は強調するように語られていた。教会よりも労働組合との関わりを強く持つのは、礼拝を捧げるだけでは解決され得ない移住労働者の痛みに応えようとしたときに、ノウハウの蓄積がある労働組合が重要だった、ということであった。

●釜山〜下関

 参加者は釜山港へと移動し、関釜フェリーへ乗船、韓国を離れた。

 

 

 青年の旅を通して痛感したのは、「現場は問いかける」ということである。毎晩わかちあいの時間をもってその日一日に感じたことを参加者同士で共有していったが、参加者は毎晩のように言葉を詰まらせた。それは、訪ねて行った現場とその現場で聴いた声が、参加者一人ひとりに何かを問いかけていたからだろう。そんなに生易しいものではないかもしれない。現場は自分自身という存在を根底から覆すような厳しい問いを、参加者一人ひとりに投げかけていた。それが現場の言葉の重みなのだろう。

 訪れた現場から突きつけられた声・言葉・表情を、非日常のこと、あるいは別世界のこととして括ってしまうのは、きっと「韓国強制併合100年」を過去のこととして片付けてしまうことと同じではないだろうか。歴史や現場が問いただしているのは、何よりもまず自分自身なのだということを、私たち一人ひとりは忘れてはならない。

●小池 善(日本基督教団早稲田教会)

 

 

韓国併合100年―日・韓・在日キリスト者青年合同祈祷会

 

在日青年の祈祷文

 

今から100年前、日本の韓国強制併合によって朝鮮半島が植民地としての苦難の道を歩み始めたことを覚え、祈ります。

私たちは在日三世として日本に生まれました。植民地支配の中で故郷を離れざるをえなくされた朝鮮人の小さな群れから生まれました。

希望の見えない故郷での暮らしを離れ、海を越えて放浪せざるをえなかった、私たちのハルモニ・ハラボジの世代の苦しみを覚えます。

そして差別と貧困の中で、なおたくましく生きた一世世代と共に、神がいつも苦しみ、歩んでくださっていたことを信じます。

また日本に生まれ育つ中で、民族と故郷をめぐるアイデンティティの葛藤を抱え込んできたオモニやアボジの世代の苦悩をおぼえます。

そして日本と朝鮮の狭間で苦しみながら、自分らしい生き方を模索し、共に生きていくことを日本社会に訴えた二世世代の営みに、神の導きが常に共にあったことを、私は胸に刻みます。

植民地支配によって故郷から離れ、貧困と差別とアイデンティティの葛藤にさらされ続けたディアスポラの子孫として、私は祈ります。私に与えられている実存を感謝することができますように。そして今、生きている場所で共生に向かう働きのために地の塩として用いられますように。

主よ、願わくば、世界のさまざまな地に異邦人として放浪せざるをえなかった人びとの悩み苦しみに、いつも寄り添い、共に悩みぬくことができる勇気と感性と良心を、私たちにお与えください。

最も小さくされた人びとの側にいつも立ち、共に神の国を目指して生きていくことができますように。主イエス・キリストの名によって祈ります。アーメン

 

日本青年の祈祷文

 

天の神様

今から100年前、日本は強制的に韓国併合をしました。日本は、朝鮮半島の人びとに多くの苦しみと悲しみ、痛みを与えました。

また、朝鮮半島だけではなく、日本は多くの東アジアの国々を侵略し、様々な苦しみ・悲しみ・痛みを与えました。特に、北海道、沖縄、台湾、中国などを覚えます。

この日本の植民地支配は、私たちが抵抗できなかった天皇制に基づく軍国主義によってもたらされたものです。日本キリスト者のほとんどは、侵略戦争が進められていくなかで、国家を批判することもなく、むしろ進んで協力することでたくさんの罪を犯しました。さらに、天皇を神と崇め、罪を重ねてきたことを、この旅を通して改めて告白します。

私たちはこの旅で、戦争の結果もたらされ、そして今もなお続いている隣人たちの想像を絶するような痛みを前にして、言葉を失い、おののきました。このような戦争被害の根幹には天皇制があることを再確認しました。 天皇制とは他者を搾取する社会構造であり、そのことは戦前から根本的に変わっていません。そして、天皇制に対峙することすら意識してこなかった自分たちの責任をおぼえます。

今わたしたちは、同じ過ちを繰り返さないためにこの地に立っています。私たちは祈ります。今生かされている全ての人が他者とともにいのちを輝かせて生きていくことができるように。平和の実現のために。アジアの隣人と手を取り合うために。向き合う相手の心の声を聞き取ることができますように。今なお多くの傷を抱え、癒えない過去と向き合っている人びとのために。

神様、どうか私たちに、過去を真摯に受け止め、来るべき希望の未来を作り出す知恵と勇気をお与えください。弱き私たちを強め、平和を作り出す者とならせてください。

平和の主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン

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