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<声明>私たちは伊吹文科相の発言に抗議します



内閣総理大臣  安倍晋三 


文部科学省大臣 伊吹文明 様


 


彼らは、「さあ、天まで届く塔のある町を建て、有名になろう。そして、全地に散らされることのないようにしよう」と言った。主は降って来て、人の子らが建てた、塔のあるこの町を見て、言われた。「彼らは一つの民で、皆一つの言葉を話しているから、このようなことをし始めたのだ。これでは、彼らが何を企てても、妨げることはできない。我々は降って行って、直ちに彼らの言葉を混乱させ、互いの言葉が聞き分けられぬようにしてしまおう。」 主は彼らをそこから全地に散らされたので、彼らはこの町の建設をやめた。こういうわけで、この町の名はバベルと呼ばれた。主がそこで全地の言葉を混乱(バラル)させ、また、主がそこから彼らを全地に散らされたからである。(創世記11:4〜9)


 


 伊吹文明文部科学相は、2月25日に長崎県で開催された自民党の支部大会において、昨年12月に改定された教育基本法に触れる中で、「悠久の歴史の中で、日本は日本人がずっと治めてきた」「大和民族がずっと日本の国を統治してきたということは歴史的に間違いない事実」「日本は極めて同質な国」との趣旨の発言をされたことが新聞などで報じられました(『朝日新聞』『北海道新聞』2007年2月26日、『東京新聞』2月28日ほか)。


 私たちは、キリスト者として、伊吹文科相の発言に強く抗議します。


 伊吹文科相の発言では、「日本人」イコール「大和民族」という考えを自明の理としています。しかし、現在、「日本人」と呼ばれる人たちの中には、アイヌ民族をはじめ、外国にルーツを持つ日本籍者や日本籍と外国籍の二重国籍者など、多くのいわゆる、非「大和民族」出身者も存在し、決して「大和民族」という枠組みでくくれるものではないことは明らかです。


 また、教育行政の長である伊吹文科相が、日本国家の「同質」性を疑いもなく肯定している発言に対しても、私たちは危惧を覚えます。昨年12月に改定された教育基本法によって「愛国心」が導入され、在日コリアンをはじめとする、多くの在日外国人の子どもたちが肩身の狭い思いをしながら、学校に通うことが予想されます。今回の伊吹文科相による発言は、こうした「同質」性への「同化」を教育現場において強化する思想とつながるものであり、在日外国人あるいは外国にルーツをもつ子どもたちがその民族的アイデンティティを育てることを妨げるのではないかと危惧します。


 伊吹文科相はさらにまた、この発言の中で、教育基本法の前文に「公共の精神を尊び」という文言が加えられたのは、「日本がこれまで個人の立場を重視しすぎたため」とし、さらに、人権をバターにたとえながら、人権は「栄養がある大切な食べ物だが、食べ過ぎれば日本社会は『人権メタボリック症候群』になる」とも言ったといいます。


 私たちは、外国人登録法の指紋押捺制度などの人権侵害に反対し、現在も在日外国人の人権擁護のための活動を担っている者として、この伊吹文科相の発言に怒りすら覚えます。教育現場におけるいじめや自殺問題だけを見ても、日本が人権に満ちた国ではないことは明らかです。また、在日外国人の人権に関しても、国連の人種差別撤廃条約を批准した日本国が、人種差別の撤廃に向けた国内法の整備をいまだ行っていないことにも現われているように、人権の感覚が足りていないのは明白です。それにもかかわらず、今回の発言が政府閣僚から出されたことに、私たちは憤りを感じざるをえません。


 私たちは、キリストに従う者として、伊吹文科相の発言を聞いて、聖書の中の「バベルの塔」の物語を思い浮かべます。バベルの塔は、人間の傲慢の象徴であり、強い者たちが弱い者たちの人権を踏みにじることの象徴でした。そして、その象徴である塔を神は崩し、多くの言葉を人びとに与えることによって、「同質性」ではなく、「多様性」の豊かさと大切さを私たちに教えてくださいました。


 私たちはこのキリスト教信仰をもって、今回の伊吹文科相の発言に抗議すると共に、伊吹文科相がその発言を撤回すること、そして、人権と多様性の豊かさを育む教育のための具体的な措置を日本の教育行政においてとることを求めます。


                       2007年3月14


                       外登法問題と取り組む全国キリスト教連絡協議会 ほか


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